弘前大学人文社会科学部
文化創生課程 文化資源学コース


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ゼミ・研究室紹介

言語学研究室/山本 秀樹(教授)

1.言語学について

 日本では伝統的に、言語の研究の中でも、特に「英語学」、「日本語学」ないし「国語学」のようによく知られている個別言語の研究以外を「言語学」の名で呼ぶこともありますが、本来は、何語であっても、多少とも言語を科学的、論理的、客観的に研究する学問が「言語学」です。私のところで言語学を専攻する学生は、英語や日本語も含め、対象言語は何語であっても構いません。また、「言語学」は、たとえば「物理学」、「歴史学」などと異なり、高校までに直接的にその前段階にあたる科目がないという意味では、それまでの学力の差に関わらず、大学に入ってから、新たに誰もが等しく学習、研究を始められる分野でもあります。

2.主な授業内容について

*「言語と文化」~世界諸言語から見た日本語と西洋語~

 皆さんは、日本語や西洋語について、普段どんなイメージを持っていますか。一般には、西洋語は標準的な言語なのに対して、日本語は珍しい特殊な言語のように思われているのではないでしょうか。しかし、このようなイメージは、多くの場合、日本語を西洋語と比べてきたために作り出されてきた幻想、錯覚にすぎません。実は、公平に世界の言語全体を見渡せば、日本語はきわめて標準的で、世界に最もよく見られるタイプの言語であるのに対し、むしろ英語、ドイツ語、フランス語のような西洋語、特に西欧語の方が、世界的にはかなり珍しい特殊なタイプの言語であるということがわかってきます。すなわち、日本語が持ついろいろな特性は、その多くが世界の言語できわめてよく見られる特性であるのに対し、ヨーロッパ、特に西ヨーロッパの言語が持つ特性の中には、世界でもきわめて珍しいものが少なくありません。
 この授業は二人で担当しますが、私の担当分では、日本語と西洋語を直接比べるのではなく、世界諸言語全体の視点からそれらの言語を見ていきます。そして、上で述べたような、世界諸言語の観察から浮かび上がってくる日本語と西洋語の真の姿について概説していきます。また、従来しばしば日本語に特異であるように思われてきた特性が、本当に世界的に珍しい特性なのか、また、西洋語の特殊性を生じさせた要因は何かといった問題についても扱います。
 言語に限らず一般に、あるものが特殊である、あるいは標準的であると言う場合には、そのものだけを見ているわけではなく、何かと比較して言っていることになります。その際、自分が何を観察あるいは比較の対象範囲として考えているのか、一度考え直してみることは大切なことでしょう。上の日本語と西洋語の場合も、日本語と主な西洋語だけを観察範囲としてきために、日本語が特殊で西洋語が標準的に見えてしまった例です。観察や比較の対象を世界の言語全体にまで広げれば、まったく逆の結論が出てきます。このように、一般的なものの見方、考え方についても、この授業を通じて学んでほしいと思っています。

*「言語学」~言語類型論(人類言語の普遍性の研究)~

  世界には、いくつの言語が話されているのでしょうか。これは私達がよく尋ねられる質問の一つです。しかし、実は、言語学の世界でも、これに対する正確な答を与えることはできません。その主な理由の一つは、言語と方言とを明確に区別することが困難なためです。たとえば二種類の言葉があったときに、それらは、別々の二つの言語なのか、それとも同一言語の二つの方言なのか判断が難しい場合が少なくありません。ただ、一般的には、(現在、多くの言語がごく少数の話し手人口しか持たずに、いわば絶滅の危機に瀕しているのですが)その存在が確認され、名称が付けられている言語の数は、およそ6,000ないし7,000とされています。
 これだけ多くの言語があれば、当然その中身は実に多種多様なことだろうと思われるかもしれません。しかし、世界の言語には、ある一定の普遍性が存在し、一見、多種多様に異なっているように見えても、よく調べてみると、一定の普遍的な原理に沿って変異している様子がしばしば観察されます。このような世界の人類言語に見られる普遍性を研究する分野に「言語類型論」と呼ばれるものがあります。言語類型論とは、種々の言語現象について、広範な世界諸言語からのデータを基に、類型化を通じて人類言語の普遍性を発見し、さらにそれらに対する説明原理を探究していく学問です。この授業では、主に言語類型論の立場に基づいて、世界諸言語間に観察される様々な言語現象の普遍性について概説していきます。
 この授業全体に流れる基本的なテーマは、ここで扱われるいずれの現象についても、世界の言語がランダムに異なっているのではなく、そこにはある種の言語普遍性が存在しているということです。この授業では、個別言語だけの視点では見えなかった、世界の人類言語全体の普遍特性に対する理解を通じて、人類言語一般に対する客観的な視点を身につけ、それぞれの個別言語に対する理解も深めてもらいたいと思っています。

*「言語学演習」~歴史比較言語学(言語の変化や系統の研究)~

  よく知られているように、言語は、時間とともに変化していきます。言語学では、このような時間軸に沿った言語の変化を研究する領域を「歴史言語学」と呼んでいます。また、これと密接に関連した分野として「比較言語学」と呼ばれるものがあります。これは、一般の人からはしばしば誤解される学問名です。一般には、「比較文学」や「比較文化論」のように、複数の異なるものを比較して論じる分野が「比較~学(論)」と呼ばれているようです。しかし、言語学では、たとえば英語と日本語を構造的に比較しても「比較言語学」にはなりません。そのような研究は「対照言語学」ということになります。言語学において「比較言語学」というのは、同系統の可能性のある言語を比較して、系統関係を証明し、祖語(同系言語の共通祖先の言語)の形式を再建する分野という、かなり特殊な意味を持っています。そこで、系統証明や祖語の再建なども含めて、時間軸に沿った言語の様態を研究する分野を総称して「歴史比較言語学」という名称で呼ぶこともあります。
 弘前大学では、こうした「歴史比較言語学」そのものを体系的に学ぶ機会がありません。そこで、「言語学演習」では、この「歴史比較言語学」を扱うことにします。たとえば、言語の変化に関しても、ある一定の条件下で共通した変化の方向性というものが観察されます。「歴史比較言語学」では、そうした変化の方向を逆転させて末裔の言語の形式から祖語の形式を再建したり、系統関係を証明したりしています。最近ではさらに、歴史比較言語学的に再建された祖語の体系を、類型論的に自然と考えられる言語体系と照合することによって、その合理性を検証するといった研究も行われています。この授業では、こうした言語の歴史的な側面についての理解を深めてもらいたいと思っています。

3.教員の研究内容について

 私自身の専門は、もちろん「言語学」なのですが、さらに細かく専門を書く場合には、特定の個別言語を研究対象にしているわけではないので、通常、「一般言語学、言語類型論」というような書き方をしています。ただ、現在はむしろ、従来の言語類型論の枠を越えて、世界諸言語の広範なデータをもとに、種々の言語特徴を地理的および系統的な視点から研究しています。特に語順については、著書『世界諸言語の地理的・系統的語順分布とその変遷』の中で、約3,000言語の基本語順データを抽出、収集し、それらの地理的および系統的な分布の考察によってこそ重要な知見が得られるということを明らかにしています。さらに、最近では地理情報システム(GIS)を応用したデジタル世界言語地図による研究をしています。画像は、このシステムによって節の基本語順の地理的分布を地勢とともに出力した例で、凡例の一番左が、上から順にSOV, SVO, VSO, VOS, OVS, OSVの語順を表しています。前褐著書のデータでは、SOV=48.5%, SVO=38.7%, VSO=9.2%, VOS=2.4%, OVS=0.7%, OSV=0.5%で、日本語と同じSOV語順が最も多く、SO語順が約96%、S初頭語順が約87%を占めていることがわかります。
 また、現生人類単一起源説との関係で人類言語全体に遠い類縁関係が成立する可能性についても研究しています。今後も、実証性を損なわない範囲で、従来の言語学より空間的にも時間的にも広い視野から人類言語を研究していきたいと考えています。

4.学生の研究テーマについて

 以上のような内容を見ると、言語学で卒業論文を書くには、世界の様々な言語を扱わなくてはならないと思って、尻込みしてしまう人も多いかもしれません。しかし、学生の卒業研究は、特定の個別言語をとり上げても結構ですし、言語に関わるテーマであれば、好きなテーマを自由に設定してもらって構いません。実際、これまでも大部分の学生は、複数ないし多数の言語を扱うわけではなく、むしろ日本語、英語、ドイツ語、フランス語、韓国語、ハンガリー語、ルーマニア語等、特定の言語をとり上げて、それについて好きなテーマを設定してきました。
 授業やゼミの方では、広く世界諸言語について学び、広い視野に立って人間の言語というものを考えてみましょう。その経験が、言語に関するどんなテーマを選ぶにしても、きっと皆さんの役に立つことでしょう。

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