弘前大学人文社会科学部
文化創生課程 文化資源学コース


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ゼミ・研究室紹介

日本語学研究室/新永 悠人(准教授)

はじめに

 まず、下に書いた3つのことは、本当でしょうか?

①五十音ではなく、六十音で話す方言がある。
②世界中の音声言語を書き分けることのできる文字がある。
③英語のしくみを記述した英文法書があるように、日本の方言のしくみを記述した文法書がある。

どれか1つでも「これは本当だろうか?」と思った人は、ぜひこの下に書いた解説を読んでみてください。
「ぜんぶそのとおりだ」と思った人は、このページの最後の文章をお読みください。


①の解説

 日本語の標準語が「五十音」であると言われるのは、「あいうえお」の5段と「あかさたなはまやらわ」の10行を掛け合わせると「5×10=50」になるからですね。では、もし「あいうえお」という5段の代わりに6段の音を使うことばがあったらどうなるでしょうか? そうです、「6×10=60」で「六十音」になりますね。
 実は、鹿児島県の奄美大島では、この「六十音」のことばが話されています。いったいどんな音なのでしょうか? 興味のある方は②の解説へどうぞ。

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②の解説

 日本で話されている方言の中には、かな文字では書きづらい(標準語のように読もうとすると正確には再現できない)発音があります。たとえば、奄美大島の方言には「あ」、「い」、「う」、「お」に加えて、標準語では使わない母音が2つあります。かなでむりやり書くとすると、「いぃ」、あるいは「えぇ」のようになるのですが、標準語の「い」や「え」とはまったく別の発音なので、これをこのまま標準語の読み方で読もうとしてもうまくいきません。
 しかし、実はこの発音を正確に書きとれる文字があります。その名も「国際音声字母(こくさいおんせいじぼ)」といいます。試しに、先ほどの奄美大島の(標準語にはない)母音を国際音声字母で書いてみると、「いぃ」は「ɨ」となり、「えぇ」は「ɜ」となります。「ɨ」は標準語の「い」と「う」の中間のような音で、「ɜ」は標準語の「え」よりも少し口を開いて発音すると出せます。たとえば、奄美大島の方言で「雨」は「amɨ」、「黒糖焼酎」は「sɜɜ」と発音します。

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③の解説

 「日本で話されている方言は標準語がなまったものだから、発音の仕方もいろいろで、文法などあるはずがない」と思っている方はいますか? 実は、日本で話されている方言は「標準語がなまってできた」ものではありません。たとえば、青森県の方言も、奄美大島の方言も、標準語も、その起源は万葉集が作られた時代(8世紀ごろ)よりもさらに前の時代に話されていたことばにさかのぼるとされています。その太古のことばは「日琉祖語(にちりゅうそご)」と呼ばれ、いま日本で話されているすべてのことばは(どの方言も、標準語さえも)、この日琉祖語が時代とともに変化した結果いまの形になったと考えられています。
 もともとは同じように話されていたことばであっても、互いに交流がなくなれば、それぞれが独自の変化をします。そして、独自の変化を遂げたことばは、すべてそれ自身の独立したしくみ(発音のしくみ、単語を作るしくみ、文を作るしくみなど)を持っています。そこには、標準語と方言の区別はありません。どちらも、それぞれが独自のしくみをもっています。
 そして、英語のしくみをまとめた英文法書があるように、日本で話されている方言のしくみをまとめた文法書も存在します。もし1つ挙げるとするならば、沖縄県の伊良部島で話されている方言のしくみをまとめた『南琉球宮古語伊良部島方言』(下地理則著・くろしお出版)があります。


最後に

 私の研究室では、ことばを科学的に研究します。ここでいう「科学的に研究する」とは、「具体的なデータをもとにして論理的に一貫性を持って説明する」ということです。そうすることで、世界中の言語や方言にこびりついたイメージ(英語は「かっこいい」、日本語は「美しい」、方言は「ダサい」、あるいは「かわいい」?)ではなく、それぞれのことばのしくみそのもの(発音のしくみ、単語を作るしくみ、文を作るしくみなど)を知ることができるようになります。そのしくみは、非常に多様で、精巧です。人間が話していることばは、(日本を含めた)世界中のどの言語・どの方言も独自の精巧なしくみをもち、「でたらめで適当な」ものは1つもありません。その精巧なしくみを知りたい、発見したいと思う方は、ぜひ私の研究室におこしください。

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