弘前大学人文社会科学部
文化創生課程 文化資源学コース


MENU

ゼミ・研究室紹介

日本古典文学研究室/中野 顕正(助教)

はじめに ――このゼミが目指すもの――

 文学研究というと、皆さんはどういったものを思い浮かべるでしょうか。含蓄のある言葉で物語の深みを語ったり、詩の美学を批評したり…と、そういった評論家的なものを想像する人が多いかもしれません。
 しかし、学問として古典文学を研究するという営みは、それとは全く異なるものです。ある作品の諸伝本を調べ上げ、作品中で用いられている言葉の意味を確定させ、その作品が書かれた時代の文化・制度・思想・常識などを踏まえて作品の歴史的意義を明らかにするという、極めて地道で地味な、黴臭く泥臭い作業なのです。
 ですが、その作業を経ることによって初めて、我々は古典作品の真の深みに気づくことができます。普通にただ漫然と作品を読んでいるだけでは、現代的感覚の固定観念の中で通り一遍に流してしまうような箇所も、実は作品の背後に広がる歴史的文脈を明らかにすることで、その作品が本来もっていたメッセージ性を掬い上げることができるのです。いわば、時代の移り変わりの中で土中に埋もれてしまった作品の真意を掘り起こし、その作品が当初もっていた輝きを復元することに、古典文学研究の意義はあると言えます。
 そのためには、文献学的分析や訓詁注釈的検討などの地道で泥臭い作業を、倦むことなく禁欲的に続けることが不可欠です。また、狭義の「文学」のみならず、歴史、思想・宗教、美術、民俗など、隣接する様々な領域に対しても問題意識をもつことが大切です。そうした営みに意義と楽しみを見いだせる人を、このゼミでは歓迎します。


何をすることが「研究」なのか

 少し抽象的な話になってしまいましたので、具体例として、私自身の研究をご紹介します。
 私自身の現在の研究テーマは2つあります。その1は能楽の研究、その2は中将姫説話の研究です。
 まず、その1・能楽研究について。能楽(能・狂言)とは室町時代に成立した演劇の一種で、その作品は先行する様々な文芸ジャンル――神話・寺社縁起、漢詩文、和歌、王朝物語、軍記、説話など――を縦横無尽に題材として取り入れることで成り立っています。したがって、能楽作品を読み解くためには、これら様々な文芸ジャンルそれぞれについての理解を深め、それら先行作品との比較の中で、能楽作品のもつ特性を見つけ出すという方法が有効です。すなわち、能楽作品の中に登場する言葉やモチーフが何に由来し、その背後にどのような世界が広がっているのかを、一つ一つ丹念に検討してゆくということです。さきに述べた「訓詁注釈的検討」とは、そういった営みをさします。
 次に、その2・中将姫説話研究について。中将姫というのは、お伽草子に登場するヒロインの一人で、継母にいじめられながらも清い心を貫いたお姫様として描かれています。この中将姫の説話は、もともとは当麻寺(奈良県葛城市)の本尊である「当麻曼荼羅」という仏画の成立譚として創出され、次第に尾鰭が付くことで成立していった物語です。したがって、その物語の成立・展開の具体相を解明するためには、当麻曼荼羅という仏画についての知識(美術史)、当麻曼荼羅をめぐる教義解釈についての知識(仏教学)、当麻曼荼羅の流布を取り巻く人々の営為に関する知識(歴史学)、当麻曼荼羅を祀る場で行われていた儀礼についての知識(民俗学)など、隣接諸分野の知識を参照・援用することが不可欠となります。さきに述べた、「その作品が書かれた時代の文化・制度・思想・常識などを踏まえて作品の歴史的意義を明らかにする」ということ(これも注釈的検討の一種と言えます)は、そういった営みをさします。
 これらのように、狭義の「文学」に浸って作品の中に閉じ籠もってしまうのではなく、文学を取り巻く様々な事象に対して積極的に目を向け、その作品が生まれ育ってきた環境に対して理解を深めることこそが、文学を「研究」するということなのです。


卒業論文について

 ゼミ生の皆さんには、4年次の最後に卒業論文を提出してもらいます。それが、日本古典文学のゼミ生として学んできたことの集大成となります。逆にいえば、このゼミの存在意義とは、その卒業論文の完成に向けて智慧を出しあう場を提供することにあると言えます。
 卒業論文では、ゼミ生の一人ひとりが自らの問題意識に基づいて研究対象と向き合い、その研究対象が内包する謎を解明してゆくことが大切です。したがって、答えを教えてくれる人が誰もいない中で(既に答えが分かっているのならそれは謎ではないでしょう)、自分なりに独自の切り口を見つけ、研究対象にアプローチしてゆくという営みが不可欠となります。そのような主体的な学びの場として、このゼミを利用してもらいたいと考えています。


一覧へ戻る
ページトップへ