「ユーラシア史」と言われた時にこの研究室で具体的になにを扱っているのか、すぐには思いつかないかもしれません。ユーラシアは「ヨーロッパ」と「アジア」アジアを足して作られた言葉ですので、基本的にはそれらの地域を歴史学という手法を使って研究してゆくことになります。
ただ、「ユーラシア」のすべてをカバーしているわけではありません。多文化共生コースの歴史文化学系のゼミナールとしては、日本史、中国史、西洋史、西洋古典学などのゼミナールがあり、日本や中国などの東アジア、また、いわゆる「西洋」あたるような地域については、それらの研究室の先生が主に担当することになります。
ではユーラシア史ゼミナールで扱っているのがどの地域かというと、それらの間にひろがっている広大な地域、つまり中央アジアから西アジア、北アフリカなどの地域が対象となります。これらの地域は、現在ではイスラーム教徒が多く居住している地域となり、イスラーム世界と呼ばれることもありますが、ユーラシア史ゼミナールでは、イスラーム地域に限定せず、これらの地域について扱ってゆきます。また、日本や西洋を含め、広い地域の間の交流、いわゆる東西交渉史の分野に関しても、ユーラシア史の範疇としていいでしょう。
次に僕自身が研究している内容について紹介しておきたいと思います。僕自身が専門としているのは西暦七世紀から九世紀にかけて、イスラームという宗教が勃興し、西アジアから中央アジアや北アフリカなどへと拡大していく中でどのようなことが起きていたのか、その歴史ということになります。
その中でも、イスラームの創唱者であるムハンマドの後継者としてイスラーム共同体の指導者となった「カリフ」という地位に就いた人たちやその概念の分析が、これまで僕が行ってきた研究の核になっています(カリフについては、ここ数年大きな問題となっていたISのリーダーがやはり「カリフ」であると称していたことは記憶に新しいでしょう)。そうしたイスラーム世界の統治者、そして彼らがどのような統治を目指し、また実際にどのような統治を行っていたのか、ということを研究しています。
それらを研究するために、主にアラビア語をはじめとする中東の諸言語によって記された歴史史料を読んでいくことになります。また時には貨幣や碑文、パピルス文書など、モノとして残されている史料を使うこともあります。
ただし、最近では諸々の事情からよりこれまでの狭い専門を離れて、広い意味でのユーラシア史に関わる研究も行っています。例えば、ユーラシア地域における貨幣流通、古代遺跡に関わる考え方・見方の研究、アラビア語の契約文書を用いた都市研究などです。ユーラシア地域(や北アフリカ)について幅広い関心を持って、様々な研究を行っているというのが実情です。
僕が担当している授業は主に「歴史基礎論A」「現代中東を見る」「ユーラシア史」「歴史文化演習」となります。
「歴史基礎論A」は一年次後期に開講される科目で、主に西アジアを中心として古代メソポタミアから中東で近代が始まる19世紀初頭までの時代についての概説的な講義となります。ただ、概説的な講義と言っても、歴史学においてどのような方法で研究が行われているか、という点を紹介しながら進めてゆくことになります。また、この地域を理解するのに欠かせないユダヤ教・キリスト教・イスラーム教などについても、その形成と現状への理解を深めます。
「現代中東を見る」は現在では二年次前期に教養養育のグローバル科目として開講されている科目で、19世紀以降の近現代における中東地域の歩みに関して、主にドキュメンタリーやニュースなどの映像資料を見ながら、現代中東を具体的なイメージのもとに捉え直してゆきます。
二年次後期に開講される「ユーラシア史」では、毎年一つのテーマを設けて、それについて15回、これまでの授業より一段階深い解説を行います。2016年度は「アッバース朝革命」、2017年度は「貨幣」、2018年度からは「都市」をテーマとして、中央アジア、西アジア、北アフリカの事例を中心としながら、どのように歴史学がそれらのテーマを分析してゆくかを示す授業となっています。
「歴史文化演習」は歴史文化学系の教員何人かがそのテーマごとに分かれて担当する授業ですが、僕の担当する授業においては、ユーラシア史において必要となる様々な言語の知識や、史料と呼ばれる歴史文献の読み方、調べ方などを学んだ後で、実際に受講者に史料を読んでもらいます。そして、歴史学的な観点に立って、その史料から何がいえるか、ということについて報告してもらうという形を取っています。
ゼミナールの内容は、それぞれの年度のメンバー構成を見て決めることになりますが、基本的な流れは以下のようなものです。
三年次の前期にはゼミのメンバーで一冊(か二冊)の本を分担してその内容をまとめたレジュメを作り、それをもとに内容について議論する、というやり方で進めています。例えば2017年度は加藤博『文明としてのイスラム』(東京大学出版会、1995)2018年度には小杉泰『イスラーム 文明と国家の形成』(京都大学出版会、2011)を読みました。
後期にはより実践的に、自分が卒業研究などで扱いたいと思うテーマに関連する論文を探し、それについて順番に紹介してゆくという形で行っています。そのほか、より具体的なことが書かれている史料をゼミメンバーで読み進めてゆくことも行います。
四年生になると、卒業論文の作成に向けて、よりテーマを絞ってゆくことになります。前期のはじめに、自分の扱うテーマに関連する英語論文を一つ読み、それをまとめて紹介するということが最低限の目標です。後期には卒業論文の執筆が始まりますので、基本的には個別に進捗状況を見ながら指導してゆくことになります。
卒業研究については、僕自身の専門が中世イスラーム期の西アジア、中央アジア、北アフリカ地域ということもあって、これまでのゼミ生の多くはイスラーム社会をテーマにしています。ただし、ユーラシア史ゼミは必ずしもイスラーム世界のみを扱うと決まっているわけではありませんので、それ以前の時代の歴史や、あるいは現代的な問題を扱うことも可能です。
ユーラシア史を大学で専門として学ぶことの、他の分野を学ぶこととの違いはなんでしょうか? まず一つには、日本では詳しく知られていないことが多く、これまでの未開拓の事柄を自ら探究してゆくことができる、という楽しみがあります。卒業論文を書けば、少なくとも日本で何番目かにはそれに詳しい人になっているはずですし、テーマによっては日本で一番詳しい人になることができます(ただし、その分、日本語で書かれた参考文献が少ないので苦労はします)。
もう一つは自分たちが属する文化とはまったく異なる文化を知ることができるということです。ユーラシア史で扱われる西アジア・中央アジア・北アフリカの歴史文化は、日本に住む人間にとっては自分の価値観を揺さぶられるような部分もあります。そうしたまったくの異文化について把握し、理解する作業を通じて、多文化共生というテーマを、より具体的な形で実現してゆくための見識を身につけることができるでしょう。
中にはこれらの地域へと留学するゼミ生も出てきています。旅行であれ留学であれ、こうした地域に実際に行ってみることについても、できるかぎりサポートしたいと思います。