卒業生インタビューシリーズ
創造者 の翼に
第2回:作家・小説家 古矢永塔子さん
弘前大学人文学部卒業
プロフィール(こやなが・とうこ さん)
1982年、青森県生まれ。弘前大学人文学部を卒業して東京でIT系企業のプログラマーになる。結婚を機に高知に移住。2017年から小説を書きはじめ、2019年に小説「七度洗えば、こいの味」で日本おいしい小説大賞を受賞(小学館から『七度笑えば、恋の味』として刊行)。
古矢永塔子『七度笑えば、恋の味』(小学館刊)
社会人から小説家に
——大きな賞を受けられる2~3年前に小説を書き始め、しかも最初の小説も出版されたと伺っています。その前の段階、小説を書き始める前までは、どんなことをされていたのでしょうか。
【古矢永さん】 大学を卒業してから数年間、東京のIT系企業でプログラマーとして働いていました。その後、同じ弘大生だった夫と結婚し、夫の出身地の高知に移住して、子育てをしつつ建築事務所で事務のアルバイトをしていました。その頃は毎日が慌ただしく、てんやわんやな感じで、全く自分の時間がなかったのです。小説を書き始めるどころか、本を読むこともできない状態でした。
——小説を書き始めたきっかけはあるのですか。
【古矢永さん】 きっかけですね。長女がすごく絵本が好きな子で、毎年の誕生日に娘を主人公にした手作りの絵本をプレゼントしていたんですが、娘が小学校に入る頃「今年は自転車がほしい」と言われて。(笑)手作り絵本は卒業して、自分の好きなものを欲しがるようになったのですね。その頃は、小学校の夏休みが始まりまして……、私がアルバイトのシフトを減らしてもらっていた時期でした。家にいる時間が増えて、子どもも少しだけ手がかからなくなったので、ちょうどそのときに、たまたま携帯小説のコンテストの募集広告を見て、「書いてみよっかな」と思ったことがきっかけです。
——そこから小説家って、すごい展開ですよね。
【古矢永さん】 もともと読書はすごく好きだったのですが、やっぱり子どもが小さいと両手で本を広げる時間がとれないんですね。そのときに片手でページをめくられる携帯小説を読むことに夢中になって。携帯小説を参考に、作品を書き始めました。
古矢永塔子『あの日から君と、クラゲの骨を探している』(宝島社文庫)
作品のひみつ
——2019年に小学館が主催する「日本おいしい小説大賞」が設立されました。近年、食や料理に関連する小説のファンが多いことなどが背景にあると思います。この第1回に応募されるにあたって、どういうふうに作品のプランを定めていったのでしょうか。
【古矢永さん】 まず、新人賞にはものすごく多くの作品が集まるというイメージがあったので、どうしたらその中で独自性というか、審査員の先生に目にとめてもらえるものが書けるかということを最初に考えました。おいしい小説がテーマであれば、逆に、体にはやさしいけれど、あまりおいしいことに重きを置いていない料理を題材にすることで目新しさが出せるのではないかと考え、介護施設で働くスタッフを主人公にして、パートナーは施設の利用者というふうにアイデアがわいて、全体的な流れが決まりました。
作中の料理については、家で家族のために料理をする経験が一番創作の糧になったのかなと思います。作中に出てくるのは、普通のスーパーで買ってきたような食材で、家庭の台所で作ることができるようなものばかりなので、逆に、読者の方の思い出の味と結びついていて、おいしさを感じてもらえているのかなと。他には、パッと耳で聞いて、おいしそうと思えるメニュー名を重視しました。レストランに行っても、メニューを見ただけでおいそうな料理ってあるじゃないですか。音読したときに気持ちがいいメニュー、そういうところから考えていきました。(笑)
——作品の一場面について伺います。主人公は桐子さんという女性なんですけれども、自分の容貌にコンプレックスがあって、他人から見たら全然悩むことではないのですけれども、自分としては非常に悩んでいる。その悩みのために職場で完全に孤立しちゃって、同僚をねたんだりする。そういった気持ちで一人ベンチに行ってお弁当を広げるといった場面があります。非常に苦い感覚、でも、多くの読者が非常に共感する最初のクライマックスだと思います。この場面には、どういう思いを込められたのでしょうか。
【古矢永さん】 第1話のエピソードなので、自分としても力を入れて書かないといけないなという思いがあったのですが、自分自身の経験を落とし込んでいったので、書きやすくはありました。私自身がもともと集団で過ごすことが得意なタイプではないので。子供が保育園に通うようになってから、二年程事務のアルバイトをしていたのですが、職場の雰囲気が個人主義というか、あまりお互いに干渉し合わない職場だったんですね。ですがある日、すごくコミュニケーション能力が高いアルバイトの大学生の男の子が入ってきて、職場の雰囲気が急に和気あいあいとしたものに変わって、ちょっと居心地が悪いというか、戸惑いを感じてしまって。そういう複雑な気持ちをそのままエピソードとして落とし込みました。自分の経験を落とし込んだことで、印象的と感じてもらえたのではないかと思っております。
居心地のよい学び舎
——前作を含め作品を読んでも、また今日の受け答えを伺っても、現代的な感覚をお持ちだと思いますが、学生時代は、どんな人だったのでしょうか。
【古矢永さん】 もともと集団で決まったことをするのが苦手な性格だったのです、大学生活というのはクラス単位の縛りが急になくなると思うんですね。自分の好きな講義を好きなように取る、そういう自由さが肌に合っていて、気の合った友達とだけ仲良くするのがすごく居心地がよかったですね。よく友達の家に遊びに行って、私的な映画同好会といいますか、お互いが選んだ映画を、夜を徹して見るという過ごし方をしていましたね、4年間ずっと。(笑)でも、日々をただただ楽しく過ごすことばかりを考えていたので、ちょっと就職活動では苦労した感じですね。
(後日談:この頃学部で一緒に学んだ、友人の清谷ロジィさん(第3回「ピュアラブ小説大賞」受賞者)も、インタビュー直前の12月8日に、出版デビュー(ポプラ社刊『あなたがくれたスパークル』にて)されています。)
清谷ロジィ(作)、岩ちか(絵)『あなたがくれたスパークル』(ポプラ社刊)
プロフェッショナルの考え方
——次に、文芸部所属の在学生からの質問です。たくさんの中から2つだけ、大学生の素直な質問ということでお伺いします。1つ目です。「実際に作品にする上で、作品に取り込むアイデアを取捨選択すると思われますが、どういった基準で取捨選択するのでしょうか」という具体的な質問です。
【古矢永さん】 人によって作品の組み立て方は全く違うと思うんですけど、私の場合は、あまり筋書きをはっきりと決めないで書き始めます。まず、キャラクターと舞台設定と結末だけをぼんやり決めて、行き当たりばったりで書き始めます。イメージとしては、キャラクターに即興劇を演じてもらい、それを書き留めていく感覚ですね。その中で、途中でねじ込みたいアイデアとか言わせたいセリフもやっぱり出てくるんですけど、でも、キャラクターの演じ方というか動き方によって丸々ボツになることもありますね。書き手としてついついキャラクターを都合よく動かしたくなることはあるのですが、それだけは絶対にしないように心がけています。
——アイデアがあって、それを選んでふるいにかけてということではなくて、むしろ筆が動く先を追っていくという感じでしょうか。
【古矢永さん】 そうですね。
——大きな流れをぼんやり決める、ということとあわせて、参考にしたいポイントです。次ぎに、もう一つの質問です。「作家を目指すなら学生のうちにやっておくべきことは何ですか」、「弘大生時代の経験で作家活動の役に立ったことはありますか」とありますが、いかがでしょうか。
【古矢永さん】 身も蓋もない表現ですが、学生のうちにやっておくべきことは、とにかく書くことです。ショートショートでも短編でも、とにかく最後まで書き上げることが大事だと思います。私も以前、作家の先輩から、完結作の文字数が累計100万字になったところで自分の中で一段階段を上がった感覚があったというのを聞いたことがあるのですが、やっぱり私自身にも同じ感覚があります。ちょうど1作目、初めて書いた小説が運よく書籍化されて、その後、「日本おいしい小説大賞」まで2年ぐらい空いてるんですけど、その間に多分、累計100万文字ぐらいに達したかなという感じはしています。なので、完結作をとにかく増やすことが何よりの力になると思っています。
——そんなお答えが来ると思わなかったんですけれども(笑)、これは作家以外の職業にも通用することですね。書きためることと、完成形の仕事をすることは、多くの場合、プロフェッショナルの階段を一段上がる必要条件だと思います。ありがとうございました。
オンライン収録の風景
これからの夢
——最後の質問です。古矢永さんのこれからの夢は何でしょうか。
【古矢永さん】 いつまでも書き続けていくことが、一番大きい夢ですね。小説家としてまだ2年ちょっとぐらいしか活動していないんですけれども、書き続けることの大変さというか、小説家として活動していくことがどれくらい大変かというのをひしひしと感じているので、大きな賞が欲しいということではなく、とにかく書いて、1冊でも多く発表したいというのが率直な気持ちですね。
——弘前大学人文社会科学部の教員・学生一同、読者として、非常に楽しみにしております。
【古矢永さん】 ありがとうございます。
——努力なしに成功する人よりも、好きなことをきちんと努力して、知恵を絞りながら成功していく人が魅力的だと改めて思うインタビューでした。皆さんの胸に、創造的な仕事をする勇気が宿ったと思います。本日はありがとうございました。
【古矢永さん】 ありがとうございました。
(収録は2021年12月13日、オンラインにて)